広島高等裁判所 昭和30年(う)137号 判決
所論は被告人等の本件各犯行が過剰防衛行為であるというのである。よつて検討するに、何人も他人が自己を対象として写真撮影をせんとする場合拒諾の自由を有することは当然であり、この自由は法律上保護さるべき利益であるから、他人が正当な事由なく、しかも自己の意思に反して写真撮影を強行せんとする場合には、右の利益を防衛するため必要にして相当な措置をとり得べきことは言をまたない。そこで本件が惹起するまでの経緯を証拠によつて調査してみると、本件の被害者田中歳春は当時帝国人絹株式会社岩国工場に勤務し、同工場勤労課防犯係の職にあつて、工場内の保安警備等の任にあたるとともに、赤化防止の仕事をも担当していたものであるが、その職務の性質上予てから岩国地区の共産党員及びその同調者等の反感を買ひ、現に本件のメーデーに先だつて電柱等に「防犯スパイをたゝき出せ」と記載したビラ多数を貼付され排斥の鉾先を向けられていた折柄、その職務の一環として原判示メーデーにのぞみ、職務上の資料に供するため、原判示場所で隊伍を組みながら進行中の被告人両名を含む共産党員及びその同調者のみを対象として秘かに写真撮影をなさんとした際、被告人中島が之に気ずきその所持せる赤旗で田中の写真撮影を妨げるとともに「何をするか写真機を出せ」と叫びながら写真機を掴んだので、田中は「写真をとるのが何故悪いか」と応酬していたところ、他のデモ隊員が「やつちやれやつちやれ」と喚声をあげて殺到したので、已むなく撮影を断念して路地へ逃げこんだのであるが、被告人等は他の隊員と意思を通じ、写真機を取り上げようとして田中を追跡し、遂に原判示犯行に及んだものであることを認め得る。(所論はデモ隊員の一人である皿田知治が予め田中歳春に対し写真撮影を拒否していたと主張するのであるがこの点に関する証人皿田知治の証言及び被告人中島の供述はともに信用し難く、却つて証人田中歳春の証言によれば、右のような事実がなかつたことを認めるに十分である。)以上の事実関係に照すと、被告人等が田中歳春の写真撮影を拒否するであろうことは容易に推測し得るところであり、しかも田中は趣味又は公共報道等のためでなく特殊の目的から被告人等を含む共産党員及びその同調者のみを対象として写真撮影をなさんとしたのであるから、之を発見した被告人等がその撮影行為を拒否し、田中が肯んじない場合には前段で述べた利益を防衛するため必要にして相当な措置をとり得べきことは勿論である。ところで田中は撮影の寸前被告人中島に妨げられて之を果さず、ついで撮影を断念して逃走したものであることは既に述べた通りである。そうだとすれば、被告人等に加えられようとした利益の侵害は未然に防衛せられたのみでなく、田中の逃走により侵害の危険も消滅したのであるから、侵害の危険消滅後即ち田中の逃走後に正当防衛がなり立ついわれのないのは多言を要しないところであり、正当防衛が全然成立する余地のないところに過剰防衛があり得ないことも蓋し当然であろう。尤も被告人等は田中が写真撮影を完了したと誤想していたため原判示犯行に及んだものと推測される(田中はこれより前別の機会に被告人等を対象とする写真二枚を撮影していたが、当時被告人等はこの事情を知らなかつた)のであるが、仮にそうだとしても、事後においてその写真機を奪取し得るいわれがなく、又当該フイルムについても、双方の談合又は良識上妥当とされる手段によつてその廃棄を求めるのは格別、田中の意思に反し、しかも暴力で之を取上げ感光させることの違法であるのは言をまたない。されば被告人等の各犯行は何れの観点よりするも正当防衛乃至過剰防衛とは認め難い。原判決の説示するところは右と多少見解を異にするが、結局において過剰防衛を否定し、弁護人のその旨の主張を排斥しているのであるから、違法とはなし難い。論旨は理由がない。
(裁判長判事 伏見正保 判事 村木友市 判事 石見勝四)